日本全国せどりツアー!あなたの街で一緒に仕入れを!

ツアー実績80名・総仕入額800万円を突破。日本全国あなたの住む街へ出張して仕入れはもちろん「せどり」全般をサポート。

プロフィール れでぃお は こんな男 です

 

 「れでぃお」と申します。

 

 四国在住の47歳 てんびん座 A型

 ネコを こよなく愛する男です。

 

 

 特技はマラソンとバドミントン

 

 趣味は読書・音楽・旅行・料理

 酒・馬・車・ドライブ・スポーツ

 マンガ・ゲーム・美味しい店発見

 

 

 書き出すと、きりがないので。 

 このへんで。

 

 写真は若かりし頃に、家族の誕生日を

 愛猫マリリンと一緒に祝っている様子

ケーキマリリンれでぃお (2)

ずいぶんと昔の写真ですが

見た目は全く変わってないようですので

初対面の方も、この顔で分かると思います。

どうか、よろしくお願いいたします。

 

2016年7月7日で、せどり1周年だし

 

そろそろ自己紹介の音声を変えてみました。

れでぃおの座右の銘です。

 

 

座右の銘は、cool simple positive 

cool:①涼しい、冷たい、少し寒い、冷めた(warmとcoldの中間)
   ②すばらしい、かっこいい;人気のある
   ③結構で、問題のない;都合よい
   ④冷静な、落ち着いた;冷静にふるまう
   ⑤冷淡な、薄情な
   ⑥ずうずうしい、無遠慮な;他人に左右されない
   ⑦(金額などが)大枚....、掛け値なしの

simple:①簡単な、単純な、易しい(easy)、単一の
    ②質素な(plain)、簡素な、飾りのない、シンプルな
    ③(強調に用いて)全くの、純然たる
    ④純真な、無邪気な、誠意ある、素朴な;普通の
    ⑤頭が弱い、無知な;愚かな

positive:①確信した、自信のある
     ②積極的な;前向きの、楽観的な
     ③好ましい、プラスの、改善の方向を示す;有益な
     ④肯定的な;好意的な
     ⑤明確な、明白な;疑問の余地がない、きっぱりとした
     ⑥(検査結果が)陽性の、正の、プラスの
     ⑦全くの、とてつもない

10年ほど前から、この3つの単語を自分の座右の銘として意識してます。
いろんな意味がありますが、良い内容が多い言葉ですね。
こんなふうになりたいっていつも思ってます。

 

 


 

 

ここからは、私が「せどり」を始めるようになった

いきさつを書かせて頂いております。

 

 

少し、長い文章ですが

お時間のある方は、読んで頂けると嬉しいです。

 


 

朝7時前に店に入り、深夜1時過ぎに店を出る。

 

ファーストフードの店長になって、

約2年間は そんな生活だった。

 

でも、はっきりいって予想の範囲内だったし、

前職の建設業メーカーの営業マンだったときも、

ほぼ仕事の拘束時間は、そんなもんだったし。  

 

 

別に辛いとかは思わず、むしろ昔からの夢だった、

飲食業に転職できた喜びや、

 

小さくても1店舗の トップである店長として、

自分の理想の 店舗運営ができることに

心から、やりがいを感じていた。  

 

 


 

 

ここからは、冒頭の話の、更に10年前のこと。

 

「れでぃお君、名古屋で新規営業所を立ち上げてくれないか」

当時の上司が、まだ28歳だった私に言った。

 

 

地方の中堅建設関連メーカー、でも創業は明治44年。

 

老舗で、地元の商工会議所の会頭を

社長がしてたくらい 堅実な会社に、

私が入社して3年が過ぎたある日のことだった。

 

そのころの私は、膨大な金額の35年ローンで家を建て、

妻のお腹には娘が、あと2ヶ月で産まれるという状況だった。

 

 

単身赴任を断るのか、どうか。

今の若い方だと、どんなふうに思うのだろう。

 

でも、そのときの私は、会社のために、 いや、いま思えば

自分の出世欲のために 名古屋への単身赴任を快く受け入れたんだよね。

 

 

 

 

 

それからは、私の思惑どおり 私は若くして、

「その会社では」出世したけど その代わり、

 

名古屋営業所を立ち上げたあとも、 博多⇒東京⇒大阪⇒仙台⇒広島 と

新規営業所を立ち上げていく任務を受け 気が付けば、

10年の歳月が流れていた。

 

名古屋に行って、しばらくして産まれた娘は 10歳になっていた。  

10年間、月に1回、妻と娘の住む家に帰れるかどうか そんな状況。

 

 

 

仕事人間という言葉がピッタリの私でも  

「パパ、またいつかね!」

 

という言葉で見送ってくれる10歳の娘のことを思うと

「このままじゃ、まずいよなあ・・・」 と、数年前から思い続けていた。

 

「家族と一緒に過ごせるように、本社に戻りたいです」

社長にお願いしたが、まあ無理な話なのは自分でも 自覚していた。

 

 

これから、東京などの大市場での営業を強化しないと、

建設業界は厳しくなる一方の状況なのです! と、

 

当の私が営業会議で偉そうに 言ってたではないか・・・

 

また、家族との時間が欲しい、という理由の他にも

その会社の数字的なことを把握していた私は

「10年くらいは、なんとか持つだろう」

「でも、20年は・・・」 正直、そう思っていた。

 

 

 

 

そうならないように、 自分が頑張って、会社に利益をもたらす

それが、私のその頃の「生きがい」だったが、

頑張れば頑張るほど、周囲の人からは 浮いていったことが辛かった。

 

20年後、自分が50歳を過ぎた時に

この会社でしか通用しないスキルを持った 50過ぎのオッサンは

どう考えても路頭に迷うのが見えている、そんな、恐怖感もあった。  

 

 

 

 

結局、周囲から 「もったいない!」 「絶対、後悔するぞ!」

 

という有り難い言葉を頂きながら   私は、家族と一緒に過ごせる場所で、

かつ昔から本当にやりたかった職業、 飲食業に転職した。  

 

 

大学生時代に、某ファーストフードで 朝から晩までバイトして

夜は、バーテンダーのバイトをしていた。

 

お客様に「ありがとうございます!」

と、1日に何百回も言える仕事って 素敵だなあ、と心から思っていた。

 

昔からの憧れを胸に 私は、学生時代の経験を活かして、

そのファーストフードの店長に転職した。

 


 

ここで、やっと冒頭の話に戻るわけだが、

 

 

ほんとに正直、1日18時間働いてたけど 辛いとは感じなかった。

やりがいがあったし、 新しいことに挑戦できて 何よりも嬉しかった。

 

でも、ある日突然 その素敵な時間は一気に暗転した。

両親の介護。

 

 

 

 

もう珍しくもない話なんで 細かくは説明しないけど

 

1日18時間の仕事を、できるような 状況ではなくなり

それどころか、1日8時間だって 仕事するのが難しい状況になった。

 

 

 

2015年の7月、私はそんな現状を どうにかできないか、

なんでもいいから、やってみよう そんな気持ちでいた。  

 

 

そんなときに、出会ったのが 「せどり」というビジネスだった。

 

 

「せどり」 との出会い に、続く。

公開日:
最終更新日:2016/11/25